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メビオ周辺の歴史探訪 『坐摩神社行宮』

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メビオ周辺の歴史探訪 『坐摩神社行宮』

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2013/06/18(火)

メビオから歩いて1分。
ビルとビルに挟まれ、ひっそりとたたずむ小さな小さな神社があります。
名前は『坐摩神社行宮』。何と読むかわかりますか?
これは、『いかすりじんじゃあんぐう』だそうです。
今まで何気なく前を通っていたのですが、ふと気になって調べてみたところ、とても歴史の深い神社だということがわかりました。

その始まりは古く、古事記や日本書紀にも登場した『神功皇后』によって創建されたとのこと。
神功皇后が朝鮮半島より帰還したとき、淀川河口のこの地に坐摩神を祀ったそうです。
その後天正10年(1582)、豊臣秀吉の大坂築城にあたり替地(つまり引っ越し)を命ぜられ、現在の大阪市中央区久太郎町に移りました。
そして、メビオのすぐ近くの『坐摩神社行宮』は行宮(御旅所)として小さく残されているというわけです。
中に入ってみると、小さな祠の前には柵で囲われた“鎮座石”があり、説明書きによると、神功皇后が帰還の際にこの石の上でお休みになったとされるものでした。
メビオが位置する中央区石町(”こくまち”と読みます)の名前の由来には諸説あるそうですが、そのうちの一つにこの“鎮座石”から地名が付いたという説もあり、「なるほど」と感激してしまいました。

さらに調べてみるとこんなこともわかりました。
平安時代、源家の武将がこの地に移り住み、近くの湾港である渡辺津(わたなべのつ)からとって渡辺姓を名乗ったそうです。
そして港に立地することから水軍の姓として日本全国に広がりました。よってこの地は、渡辺・渡部等の姓の発祥の地ということになるそうです。
今となってはとても一般的な名字が、この場所から始まったのだと知って驚きでした。
その名残で、移された先である現在の坐摩神社の住所は『中央区久太郎町四丁目渡辺』となっています。

メビオのすぐ近くにも、まだまだ知らないところがあるのだと実感し、改めてこの街が歴史的にも興味深い地なのだと知りました。
授業の合い間の休憩時間、そんなことを感じながらお散歩を楽しむのも趣があっていいですよね。